現代の炭のお薬といえば活性炭。
活性炭の強い吸着性を活かして、解毒や整腸に使われています。
けれど、東洋では、炭化した植物や動物を「黒焼薬」として様々な薬に用いてきました。環境負荷が少ない食べもの昆虫食が話題ですが、黒焼薬には昆虫の黒焼も。
黒焼薬には、一体どんな薬効があるのでしょう?
黒焼とは?
黒焼は、土製の壷などの容器に動植物を入れてフタをしめ、粘土などで隙間をしっかりと塞いで密閉、かまどなどで約300度で数時間蒸し焼きにして炭化したものです。
長い歴史をもつ黒焼薬
長い歴史のある黒焼。中国の医学書、唐の「千金要万」(652)、宋の「太平聖恵方」(982-992)には植物の黒焼の別名「焼灰」の記述が。
日本では、日葡辞書にCuroyaquiが見られ室町末期には一般化したと考えられています。江戸時代には、幕府の医書「普救類方」に黒焼の名が随所に見られ種類も豊富。症状にあわせて用いる黒焼が異なり、たとえば、不眠には馬の頭骨の黒焼(衛生易簡方)、子どもの吐血には蛇のぬけがらの黒焼(本草網目)が効くとされています。医者が処方していた黒焼の評判が広まり、本家、元祖と銘打った黒焼屋が出現、民間薬としても使われるようになりました。
黒焼薬の薬効
イモリの黒焼は、辞書などの黒焼の説明に例として必ず名があがる、もっともよく知られた黒焼。江戸時代に人気を集めた「惚れ薬」です。田植えのときなどによく見られたイモリの求愛行動に由来する迷信だと考えられていました。
ところが、1892年に、医学者レウインさんが動物実験を行ったところ、妊娠率がアップ。母乳のでも良くなり、イモリの黒焼は内分泌を盛んにする強精剤の一種であることが判明しました。
黒焼の薬効を調べた研究は日本にもあります。
アカトンボの黒焼は鎮咳、子どもの百日咳、気管支喘息に効くとされていました。東京大学薬学科の教授緒方章さんらは、アカトンボの黒焼が気管支筋などの平滑筋の痙攣を和らげる成分を含むことをつきとめています。
アカトンボ自体はこのような成分が含まないことから、黒焼のプロセスでアカトンボの成分が独特の化学的変化をとげて鎮痙成分が化成されているとしています。バッタの黒焼にも同様の成分が含まれることも明らかに。
薬学の巨人、清水藤太郎さんは、
「一時、カロリー万能時代があったけど、あれは人間ボイラー説ともいえる。機械じゃないのだからカロリーだけで健康が保たれるものじゃない。その点で黒焼は原始的だが、現代科学の盲点みたいなところを埋める魅力があるのですね」とおっしゃっていたそうです。
おわりに
20世紀中ごろの日本では、約300点の動植物の黒焼薬が使われていました。
なかには迷信的なものも含まれていましたが、効き目の高いものも。現在、黒焼薬の多くは姿を消してしまい、炭化過程での成分化成に関する研究も進んでいません。
現代医学に様々なほころびがみられる現在。盲点をうめる黒焼に光が当たって、新たな活路が見出せれば爽快です!
<参考資料>緒方 章ら, 1953, 昆虫の黒焼成分に就て (第1報)赤蜻蛉の黒焼, 薬学雑誌, 66:102-111;緒方 章ら, 1953, 昆虫の黒焼成分に就て (第2報)蝗虫の黒焼, 66: 111-115;杉山茂, 2002, 薬の社会史, 近代文芸社;鈴木 昶, 1999, 伝承薬の事典, 東京堂出版;樋口清之, 1978,日本木炭史, 講談社.