今の日本でもっとも知られている炭は?
おそらく、備長炭ではないでしょうか。
備長炭は白炭のなかでも、ウバメガシ、カシを原木としたものです。
昔は農林規格で、馬目備長、樫備長と区別されていました。
職人さんたちの間で重宝される馬目備長。
その原木であるウバメガシは、どんな木なのでしょう?
熱源としての優秀さが語られることの多い備長炭ですが、ウバメガシ好きの文豪は、火が熾った姿を賞賛しています。備長炭の美しさとは?
ウバメガシの素性
ウバメは姥芽。芽吹きのころの若葉が茶色っぽい色をしているのが、その名の由来。葉を馬の目に例えてウマメガシと呼ぶ地域もあります。
ウバメガシは、ブナ科コナラ亜属のなかで唯一の常緑樹。
西日本太平洋側の沿岸域、瀬戸内海沿岸域に広く分布。北限は房総半島です。
海岸の露岩や、風当りの強い乾燥地のように環境がきびしく、他の木が生き残っていけないようば場所でもたくましく生きる木です。地域によってウバメ、ウマメ、イマメ、バメという呼び名が。
30-40万年前には、既に日本に自生していたウバメガシ。
縄文の人々が生活を始めるずっと前から、この地に生きてきた大先輩です。
日本書紀にも登場する花の窟神社。熊野にある花の窟神社には神殿はなく、熊野灘に面した巨大な巌をご神体としています。境内にはウバメガシの木々がたたずんでいました。
ウバメガシの使い途
木材の硬さや強度を表す基準の一つ、気乾比重が0.99(0.85~1.23)ととても硬い。
備長炭の原木として重宝される所以です。硬さをいかして、船の櫓などにも使われました。樹皮は染料に。
救荒植物として利用されていたどんぐり。高知には、ウバメガシのどんぐりを使ったかし切り(かし豆腐)が伝承されています。
最近の研究では、葉に含まれる成分に抗酸化作用がみとめられ、糖尿病治療薬としての可能性も示唆されています。
ウバメガシ愛好家の文豪
「うばめ樫」という随筆があるほど、ウバメガシへの思いの深い井伏鱒二さん。
京都には、いたるところに見事なウバメガシの生垣があると感嘆。
「かんばつに強く、道ばたの埃にも強い。幹も小枝も強靭で、刈り込めば脇芽をだす。新緑が美しく、生垣にするには誂えむべきである。」と、ウバメガシの生垣適性を讃えています。
そして、ウバメガシを原木とした備長炭。
湯島の鳥屋で、久しぶりに出会った備長炭火を「夕焼け空の茜色を煮詰めて浄化したような色」と表現しています。「こんな洒落た色は和田三造編の『色名辞典』にも出てこない」と。
土鍋と焜炉とあるので鍋を食されたようですが、備長炭の色見たさに再度訪れます。火を見ているうちに、備長炭を1本わけてくれるよう所望。やはり、炭には特別の魅力があるようです。
おわりに
木をテーマとした随筆が有名な幸田文さん。
「ひのき」のなかで、「日本の代表的な木を三本ほどあげてみてください、と私は時々、誰彼なくきいてみる」と書いています。
森林が国土の3分の2を占める日本です。3つに絞るのはかなり難しい。
もし、いきなりたずねられたら、何と答えますか?。
<参考資料>いわさゆうこ(著)八田洋章(監修), 2020, どんぐりハンドブック, 文一総合出版;井伏鱒二, 1997, 井伏鱒二全集 第24巻, 筑摩書房;幸田文, 1992, 木, 新潮社;平井信三, 1996, 木の大百科, 朝倉書店;社団法人全国燃料協会, 2011, 木炭の規格, http://www.zen-nen.or.jp/pdf/nenryokikaku.pdf;原田光, 2020,日本の森林樹木の地理的遺伝構造(30)ウバメガシ(ブナ科コナラ属), 森林遺伝育種, 9:127-134; WheniIndrianingsih, A. Tachibana, S., 2016, Bioactive constituents from the leaves of Quercus phillyraeoides A. Gray for α-glucosidase inhibitor activity with concurrent antioxidant activity, Food Science and Human Wellness. 5:85-94.